”スプリングシャトル”  第1章【失敗だらけ!?】

スプリングシャトルの歴史

こんにちは、スプリングシャトルです。自己紹介のページです。

おしながき

  1. 自己紹介
  2. 現在の状況に至るまで
  3. 小学生時
  4. 中学生時
  5. 次回は将来について真面目に考えた上で何をしたかについてお話します

自己紹介

私は現在専攻医をやっています。

ある国立大学医学部に合格し、同校を卒業し、専攻医としてバリバリ(?)やっています。

ちなみに、2022年9月現在での年収は、手取りでおよそ50,000~70,000ドル程度です。ただ、その他の収入があり、トータルでは70,000~90,000ドル程度です。

ただ、私はそのレベルでは全然満足しておりません。私は高い目標に向かってチャレンジするというのが好きな性分でございまして、更なる高みを目指してチャレンジし続けたいと強く考えております。

現在の状況に至るまで

ちなみに、国税庁や厚生労働省のデータを見ると、日本人の平均年収は約433万円で、年収の中央値は約399万円と書いてあります。また、私は30-34歳の範囲内ですので、その平均年収を確認すると、約421万円と書いてありました。ということは、私の年収は平均年収のダブルスコア以上であるという計算になります。

ただ、この状態に至るまでは非常に長い道のりでした。本シリーズではその道のりを紹介しようと思っています。皆様にとって良い意味でも反面教師という意味でも参考になれば幸いです。

小学生時

小学校低学年までは他の多くの子供と同じように適当に遊び、適当に勉強していました。小学校3年生の時に、親から””というものがあることを聞き、興味本位でお試し授業に行ってみたところ、勉強すればある程度のところまで行けそうだという感触を得たので、入塾テストを受けることにしました。

入塾テストの点数ははっきり覚えています。算数は88点と、当時の受験者の中ではトップクラスの成績だったのですが、国語が16点しか取れませんでした。当時は2つしかクラスがなく、上のクラスに入れるか下のクラスになってしまうかで授業内容が大きく変わっていきます。非常に危ない成績だったのですが、何とか上のクラスに入ることが出来ました。

入塾してからは目の前の勉強を一生懸命頑張りました。塾での授業に加えて、親にも勉強を見てもらっていた記憶があります。その塾では300人くらい在籍していたのですが、何度か1番を取ることが出来たくらいの成績でした。

その頃は良い仕事に就き、お金持ちになるための勉強という発想は全くございませんでした単純に高い点数を取る楽しみを追い求めていただけでした。まさに、経験値を積んでレベルアップし、強いモンスターを倒していくような感じですね。

とはいえ、そのモチベーションは中学受験時まで衰えることがなかったため、第1志望校に無事合格することが出来ました。

中学生時

無事第一志望校に合格したのですが、問題はここからです。何と、中学に入ってから勉強の目的を見失ってしまったのです

中学受験までは周りのレベルがそこまで高くなかったため、ある程度勉強すれば高い点数を取ることが出来たのですが、中学に入ってしまうと、周りの環境が一変してしまいました。難関の中学受験を突破した選りすぐりばかりになってしまったのです。その中で好成績を取るのが一気に難しくなりました。

勉強するためのモチベーションの原動力が高い点数を取る楽しみだけであったため、それが厳しいとなると、勉強する気持ちが一気に薄れてしまいました。当然、成績は惨憺たるものになってしまいました。偶然の気まぐれによって再び一生懸命に勉強するようになり、成績の改善が見られた時もあったのですが、一時的なものに留まり、元の惨憺たる成績での推移に落ち着いてしまいました。

中学3年生の1学期時点で、成績は下位30%に入っていました

これを見かねた当時の担任の先生から「3年後、”かわいそうだけどどこも行ける大学がないよ”と言われなくて済むように、今から勉強した方がいい」とご指導頂きました。この時、初めて将来について真面目に考えたのです。

次回は将来について真面目に考えた上で何をしたかについてお話します

中学3年生の1学期までは、お金のことをほとんど考えず、RPGゲーム感覚で勉強していました。小学生の時はそれが功を奏したのですが、中学生の時はそれがあだとなってしまいました。

当時の担任の先生から将来についてお話して下さったことをきっかけに、勉強に対する姿勢が大きく変わります。

次回で、将来のことを真面目に考えた上で何をしたか書いていきます。引き続きお付き合い下さい。

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